「朕惟フニ、農ハ国ノ本ナリ、物産由テ以テ殖シ、生民由テ以テ富ム、是レ此学ノ講ゼズンバアルベカラザル所以ナリ、・・・後来我国産ヲシテ益々繁殖ナラシメ、我国民ヲシテ益々富饒ナラシムル事ハ朕大ニ此校ニ望ム所アリ」
駒場農学校開校式勅語(東京日日新聞明治十一年一月二十五日)
2009年11月6日金曜日
農本
2009年11月3日火曜日
2009年10月23日金曜日
複利
フレデリック・ソディは、金融上の契約がもたらす収益と実物財の生産増との非対称性を厳しく分析しているのですが、複利の問題につき興味深い議論をすでにA.A.クールノーもしているんですね。
Traité de l'enchaînement des idées fondamentales dans les sciences et dans l'histoire, 1861 (Œuvre complètes, Tome III)の478項にありました。
Traité de l'enchaînement des idées fondamentales dans les sciences et dans l'histoire, 1861 (Œuvre complètes, Tome III)の478項にありました。
「困難の根源に立ち入るならば、まさしく複利の法則が部分的にかつ限界あるかたちでしか受容されないとき、それを人が非常に大きな範囲にまで適用したいと望む場合は幻想でしかないということである。例えば、公債の償還をなすような場合がそうだ。・・・複利で公債につぎ込まれた資金、それが生み出した創造を絶する金額は精神の戯れだ、算術の教室に放り込んでおけ。・・・実質資本は幾何級数的には増大しなかろう。一般に幾何級数は観念のなかでしか存在しないものだ。複利の法則が広範に適用されるならば、そして、経済学者が銀行家のように計算を立てるならば、樹木を完全に伐採することは私的利益であると同様に公的利益でもあろう。なぜなら、伐採された樹木は、鍛造された鉄やはり、厚板のようなかたちで実質資本に変換され、一年後にはより大きな利益を、さらに2年後にはいっそう多くの利益を、そして以下同様に、幾何級数的にもたらすであろうからである。
こうしてわれわれは樹林を切り倒すことで、我らが子孫に途方もない未来を手に入れさせることになるだろう。それは事物の自然に逆らうことである。しかしそれでも(交換価値という抽象的観念や交換の用具としての貴金属に基づく)経済・商業のシステムが構成されることになる。それは各人が自分や仲間たちの利益のゆえに、社会総体にとってはおぞましい幻想でしかない計算を立てうるということだ。しかも、行動基準としてこれを転倒するためには、行動規範に違反する仮説がもたらすでろうことを理解するので十分であるから、今日の事例の物質的与件のあら捜しをしたり批判したりするのは無用である。」
2009年10月17日土曜日
貨幣改鋳
「貨幣操作の最も興味深い事例の一つが、中央ヨーロッパで1150年から1350年にかけて行われた貨幣改鋳(Bracteates)の中に見いだせる。・・・統治者は一年間に二度、三度と発行硬貨の全量を回収し、約25%の貨幣鋳造税を控除した後で新しい硬貨と引き替えた。国民のこうした貨幣改鋳から逃れよ
うとする熱意が手工業や芸術に刺激を与えた・・・」
「貨幣の流通速度管理に似た最初の事例は、興味深いことに通貨の安定化の歴史のなかにある。貨幣改鋳が1350年頃に姿を消してから、この原理は、シルビオ・ゲゼルの著作の中で再度、決定的な形で現れるまで忘れ去られていた。彼の死後、ほどなくして貨幣の流通速度の管理は1931年から33年にかけて、スタンプ貨幣の形で適用された。」
(アーヴィング・フィッシャー、『安定通貨』、1934年)
貯蓄
「もしひとが貯蓄するなら、すなわち己が消費する以上の商品を生産するなら、そしてまた、一定期間経過後に己が貯蓄を利子なしで、しかし損失なく返済するとの条件で貸し付ける誰かを見つけだすなら、貯蓄者はきわめて有利に取引を成し遂げている。なぜなら、彼は己が貯蓄を維持するための支出を回避しているからだ。彼は100トンの収穫したての小麦を若者のとき与え、老境に入り等しく良好な品質の新鮮な小麦を100トン受け取るというのだ」(ゲゼル、『自然的経済秩序』)
重農主義
「ここで時空は異なるが、貨幣の弊害について星湖(注:18世紀朝鮮の実学者、星湖李瀷を指す)ほどに悩み、その弊害から抜け出す方法を考えた三人の哲学者が浮かび上がる。日本の江戸時代の三浦梅園(1723-1789)とフランスのボアギュベール(1646-1714)、そしてドイツのシルビオ・ゲゼル(1862-1930)である。この三人と星湖には、貨幣についての共通の視角がみられる。第一は貨幣の三つの機能である交換の手段、価値の尺度、保蔵の手段のうち、三つ目の貨幣の保蔵の手段に否定的視角をもっていたということである。第二は真の財貨とは金銀宝貨ではなく人間を生存させる食べ物や着るものなどの一次生産物であるという主張である。第三には、みな重農主義的な経済観を持っていた点である。」
(韓 睿嫄、「星湖李瀷の批判的貨幣観-経世思想の一側面として-」、第6回東アジア実学国際シンポジウム論文集(日本語版)、p.116. 2000年11月26日ー29日、日本福井県芦原町国際会館)
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